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2021.04.11

「潟」がつく土地に要注意 谷川彰英 連載14

新潟と秋田に多い「潟」地名

 「潟」という文字がつく地名はなぜか日本海沿岸に多い。しかも秋田県と新潟県に集中している。秋田県には「男潟」(おがた)「女潟」(めがた)の他に有名な「八郎潟」などがある。新潟県は県名に「潟」がついているのを見てわかるように、「潟」地名の本場と言っていいだろう。

 「潟」(かた、がた)というのは「湖沼」のことだが、正確にいえば「外海と分離してできた湖や沼」のことである。新潟平野は信濃川と阿賀野川によって形成された沖積平野であり、古代においては無数の湖沼が分布していたに違いない。現在新潟市には「佐潟」(さがた)(西区)、「御手洗潟」(みたらせがた)(西区)、「鳥屋野潟」(とやのがた)(中央区)、「福島潟」(北区)の4つが確認されている。このうち最大規模を誇るのが「鳥屋野潟」である。

ハクチョウなどの越冬地になっている鳥屋野潟。周辺にはスポーツ施設など公共施設が多い

海抜マイナス2.5メートルの鳥屋野潟

 鳥屋野潟は新潟市中央区にある潟で、新潟駅の南西2~3キロに位置している。新潟平野では最大の後背湿地で、潟の面積は約1.58キロ平方メートルだ。水面は海抜マイナス2.5メートルと低く、近郊には広大な海抜ゼロメートルが広がっている。

 現在は周囲に桜が植えられ、市民の憩いの場となっている。北部には県立自然科学館、県立図書館をはじめ、野球場や交通公園など、南部にはスポーツ公園などの公共施設がたくさんある。公共施設は広い敷地が必要なため、立地条件の悪い所に建設されることが多い。鳥屋野潟を取り囲む諸施設はそのような立地条件のところに建設されていることは忘れない方がいい。

 とにかく鳥屋野潟の水面は日本海のそれよりも2.5メートルも低いのである。2.5メートルという高さは普通の家では2階にまで浸水する高さである。浸水被害から土地を守るため、この地では排水作業が必須とされた。1948(昭和23)年、鳥屋野潟の東端に排水機場が設けられ、毎秒25トンの水が旧栗ノ木川に放出されることになった。毎秒25トンという数字は当時、東洋一と謳われたという。現在は信濃川に毎秒100トンを排水している。今日の安心はこのような陰の力によって支えられているのだ。

1998年8月4日、新潟市は集中豪雨に見舞われ、午前0時から正午までの降水量が260.5ミリを記録し、同市などで床上浸水は3531世帯、床下浸水は7563世帯で発生した

 しかし、それでも起こるのが災害である。1998(平成10)年の8.4水害では24時間で265.5ミリの降雨を記録し、鳥屋野潟からあふれた水は近郊の2078ヘクタールに及び、593戸が床上浸水の被害を受けている。

新潟にある「福島潟」の不思議な伝説

 同じ新潟市にある「福島潟」には不思議な伝説が残っている。新潟市にあるのになぜ「福島潟」というのかという話だ。 

 その昔新発田に紫雲寺という寺があり、そこの若い長老様は娘たちを魅了する不思議な魅力を持っていたらしい。村の長者の娘のお福もまた長老様に思いを寄せていた。ある時、その思いを打ち明けたところ、「今は修行の身なのでお応えできない」と断られてしまった。悲しみに打ちひしがれたお福はそのまま村を去ったという。

福島潟はかつて、水深平均1メートルの泥田で、農民は泥につかり農作業をしていた(1953年9月撮影)。現在は水鳥の楽園に(左下)

 この悲しい恋物語から「福島潟」という地名が誕生したという話だが、この種の話は地名にまつわるよくある話で伝説上の話と考えておいた方がよい。「福」は元は「フケ」で河川の後背湿地を指す地名である。この連載の第7回でも紹介したので、併せて読んでほしいが、「フク島」ではなく、「フケ島」と理解すれば「潟」の実態に合っていると言えよう。

 一帯は今、「水の公園福島潟」として市民の憩いの場となっているが、かつてはこちらも水害に見舞われている。1962(昭和42)年8月、新潟県から山形県南部を襲った集中豪雨によって福島潟が増水して被害を与えている。

 県名や市名ともなっている「新潟」の由来に関しては諸説あるものの、以上述べた「潟」地名に由来することは疑いないところだ。新潟市の北部から東部にかけては広大な海抜ゼロメートル地帯が広がっており、1896(明治29)年、「横田切れ」と呼ばれる堤防の決壊によって越後平野一帯1万8000ヘクタールが浸水したというのだから、その規模の大きさに驚かされる。まさに「新潟」ならではの災害であった。

 その後、信濃川の洪水を日本海に直接放流する大河津分水路が建設されるなどして、水害の常襲地帯であった地が、県都として発展してきたことは忘れてならないだろう。(作家・筑波大名誉教授)=毎月第3木曜日掲載