ソーシャルアクションラボ

2026.01.01

「どうしたらいい?」 亡き夫思い能登で再建に踏み出した女性

 スーパーで買い物をしていると、二人連れの姿が目に留まる。

 「私も、ほんとは二人やったはず。老後はどうなるのだろう。夫婦っていいよな」

 クリーニング店の従業員、山下真由美さん(51)の隣にいた夫の正博さん(当時51歳)は、もういない。亡くなってから2年がたった。

 優しくて、一番の相談相手だった。

自宅1階が潰れ言葉失う

 2年前の元日、真由美さんは母(75)の介護のため、石川県輪島市三井町の自宅から車で20分ほどの所にある実家で過ごしていた。次女(15)も一緒だった。

 夕方に突然、震度7の激しい揺れに襲われた。母と自身は無事だったが、自宅にいる正博さんのスマホを鳴らしても通じなかった。

 翌日、知人からスマホに送られてきた写真を見て、言葉を失った。裏の山が土砂崩れを起こし、木造2階建ての自宅は1階が潰れていたのだ。

 3日に自宅に戻ると、正博さんが使っていた車は駐車場にとまったまま。近くの避難所を見て回ったが、正博さんの姿はなかった。

 輪島市内では地震の直後、警察などによる救助活動が始まった。

 6日は朝から真由美さんは自宅のそばで救助活動を見守っていた。

 昼ごろだった。雷が鳴り響く中、自宅から正博さんの遺体が運び出された。

 「発見されてよかったね」

 真由美さんは、そう語りかけた。

「あの人らしいな」

 数日後、正博さんが勤務していた製材所の同僚が輪島市内の避難先に来て、生前の姿を教えてくれた。

 お昼休みの時間になっても、仕事の区切りがつかないと手を休めていなかったという。

 「あの人らしいな。出会った頃からまじめで、中途半端が嫌いだった」

 出会ったのは高校時代。6年の交際を経て二人は結ばれた。共働きで休みの日が合わないことも多かったが、3人の子どもに恵まれた。

 正博さんは家でも何かを始めると、めどが立つまでやめなかった。車のメンテナンス、床の張り替え、洗濯機の修理……。

 壊れたスマホを購入し、工具を使って修理していたことがあった。電話がつながって「よっしゃ!」と喜ぶ姿に、真由美さんは「どうやって覚えたのだろう」と不思議だった。

写真に手を合わせてから出勤

 地震後、次女とともに大津市に住んでいる長女(24)のアパートや、輪島市内の避難所に身を寄せていた。2024年5月、次女と自宅近くの仮設住宅に入居することができた。クリーニング店にも復帰し、いつもの慌ただしい日々に戻っていった。

 仮設住宅の部屋に置いている骨つぼのそばには、倒壊した自宅のがれきから見つかった2枚の写真がある。いずれも二十数年前に撮ったもので、正博さんと真由美さん、子どもたちが写っている。

 「どうしたら、いいのかな」。毎朝、写真に手を合わせて仕事場に向かった。

 四半世紀暮らした自宅は全壊と判定された。「裏山が崩れ、この場所は怖くて住めない」。市に解体してもらうことを決心して、この年の春に解体を輪島市に申し込んだ。

 ただ、天井が抜けるなどして一部が損傷した実家は修理するか、建て直すか、すぐには判断できなかった。

 9月、能登豪雨に見舞われると、地震後そのままにしていた実家には雨水が入り込み、基礎部分の損傷がさらに激しくなった。

話を聞いてくれた次女

 この頃、自宅を再建するかで悩んでいた。相談したくても夫はいない。

 でも今は、その代わりをしてくれる人がいる。

 「家はどうする? 実家をリフォームする?」

 話を聞いてくれたのは次女だった。相談すると「新しい家がいい」という答えが返ってきた。

 悩んだ末に、滋賀県内の病院に勤めている長男(26)と長女が帰省することも考え、住み慣れたふるさとで新しい家を再建しようと決めた。

 実家はこの年の暮れに自身で業者に依頼して解体した。自宅も25年9月に解体された。

 近ごろは出勤する時も、帰宅する時も、外を歩いていると、正博さんを思いながら空を見上げる。

 「相談したら何を語ってくれるのか……。想像できたらいいんだけど、やっぱり分からない。返事は返ってこんから」

 だが、一つだけ分かっていることがある。子どもたちの将来のことだ。

 これまで話し合った記憶はないが「子どもたちに好きな道を選んでほしい」という願いは一致していた。

 いろいろ相談に乗ってくれるようになった次女は今、受験勉強のさなか。いずれ、高校を卒業したら輪島市を離れるかもしれない。

 「自分の好きな道に進んでほしい。後悔してほしくないから。旦那もそう考えてくれていると思う」【土田暁彦】

関連記事