ソーシャルアクションラボ

2023.05.10

埼玉・見沼田んぼから広がる、子どもの世界

どこまでも続く青空と、青々とした田んぼと畑。遠くには高層ビルがそびえ立つ――。さいたま市と川口市の一部に、東京ドーム約270個分の広大な緑地空間があるのを知っていますか? 都心にありながら、豊かな自然と多様な生き物に触れ合うことができる田園地帯「見沼たんぼ」です。見沼たんぼで新規就農した女性たちが農業法人「十色(といろ)」を設立し、定期的に親子向けの農業体験を開いています。 県内外から多くの親子が参加するこのイベント。人気の秘密は、農作業の体験だけでは終わらないところにあるようです。十色代表で、2児の母でもあるサカール祥子さんに、農業体験の魅力について伺いました。(聞き手・構成:大平明日香)
――農業体験とは、具体的に何をやるのですか。 サカールさん 「年間会員」になると、1年を通じて田んぼの米作りに関わることができます。田植えや稲刈りなど、季節ごとの参加もできますし、里芋の栽培や収穫体験もやっています。夏は田んぼや畑にいる生き物の観察会、秋の収穫後には、たき火でさつまいもを焼いて食べる経験などもできますよ。 ――四季折々の体験ができるのがいいですね。参加した子どもたちは、どんな様子ですか。 サカールさん 親は「子どもに田植えをやらせたい」と思って来ても、子どもはすぐに飽きちゃう(笑)。田んぼのどろの中で過ごす方が楽しい。どろの感触を楽しむとか、水路の水がひんやりして楽しいとか、畦道のバッタを追いかけるとか。自由に自分で発見して遊んでいます。私たちは「それはそれでいいじゃん」っていうスタンスです。田植えを強要するのではなくて、そこで遊んでいることを尊重したい。 親がずっと農作業やっていれば「何やってるの」って寄ってくる。「じゃあ、これ手伝って」といえば、気が向けばやってくれますよ。 ――泥の中に入るって絶対楽しそう。うちの息子も大好きです。 サカールさん そうそう。でも、最初は結構嫌がる子多いですよ。私も裸足で入るのは嫌(笑)。いろいろ踏むし、足元でなにか動かれても困る。絶対何か履いて入るんですけど、子どもは裸足。 すると、その感触に、はまる子が多いです。汚れてもいい長ズボンに、捨ててもいい靴下で入れば、大人でも意外に平気ですよ。 ――都会だと、なかなか機会がありませんよね。 サカールさん そうなんです。里芋の収穫体験した時、あるお父さんが「売っている里芋はこんなに大きいものが袋の中に入っている。今掘ったのは、大きいのがなくて小さいのがいっぱい。大きさもバラバラ。これは品種の違いなのか、育て方の問題なのか」って聞かれたんですよ。それで、「そうじゃなくて、里芋はいろんな大きさのものが一株にでき、売っているものは大きさがそろったものを選んで、袋詰めにしているんですよ」ってお伝えしたら、驚いていました。 子どもたちの体験にくっついてきたお父さんお母さんにも、農業を知ってほしいって気持ちは大きいですね( ↓ 畑のぬかるみにトラクターがはまり、近くのベテラン農家さんに引っ張り上げてもらうサカールさん )

見沼たんぼを、次世代に

――そもそも、農業法人を設立したのはなぜですか。 サカールさん 以前は、見沼たんぼで、障害者を中心に営農活動するNPOの事務局で働いていました。農業体験はこの時からやっています。 きっかけは、見沼たんぼで活動する他のNPOの高齢化ですね。農業体験や自然観察、環境保全などの活動をしているけれど、みなさんボランティア。私たちの世代は、ボランティアとして活動する余裕はないけれど、この素晴らしい自然環境が残っている見沼たんぼを次世代に残していきたい――――。 それなら、ちゃんと利益を生んで継続できる仕組みを作っていきたいなと思い、農業法人を設立しました。「稼げる農業」を目指しています。「お金を払ってでも農業体験したい」という人がいるのは事実ですから、そんな人たちと私たちの見沼たんぼへの思い、両方をかなえられると思っています。 ( ↑ 写真は、生き物に詳しいおじさんの説明に、興味津々の子どもたち) ――生き物観察は特に人気イベントのようですね。私も息子と一緒に虫取りに行きますけど、場所や種類には限界があります…。 サカールさん 子どものいきいき度が全然違いますね。あのわくわく感ってなんなんだろう。目を輝かせて、生き物をみんなで探して、集めて…。隣で活動しているNPOに生き物にすごく詳しいおじさんがいて、子どもたちに親切にいろいろ教えてくれるんです。夏だと、バッタ、コオロギ、イナゴ、トンボ、カナヘビ。水の中だとザリガニ、ヤゴ、ゲンゴロウの仲間やカエルもいますね。親も、子どものころを思い出してはしゃいでいますよ。 見沼たんぼは、無農薬でやってきた場所なので、生き物の種類がすごく多い。農林水産省も「生物多様性」や「環境に負担をかけない農業」を打ち出していて、ここはそのモデルケースになるのではないかと思っています。子どもたちには、農業だけじゃなくて、農業とつながっている自然環境というものを体験してほしいですね。 いろんな年齢の子どもと遊べるのも良いところの一つです。うちのイベントは年齢制限は設けていません。小6、小3、幼稚園児が混じり合って自然と遊んでいる、みたいな――。今って同じ学年で集められることが多く、異年齢で遊ぶことが減っていますよね。 もっと私が子どものころは、異年齢でも近所で集まって遊ぶ機会が多かったと思うんですけどね。「ザリガニいたー!」「どれどれ見せて」、と声を掛け合いながら、知らない子同士が自然に遊んでいます。子ども同士で世界が作れるのがいいなあと思います。中高生は部活などでなかなか参加がないんですけど、来てくれたら面白いと思いますよ。

公園のかわり?

――サカールさんのお子さん(小3と年長の兄弟)も、見沼たんぼが好きですか。 サカールさん 大好きです。夏休み中は毎日のように田んぼについてきて、私が作業しているそばで、虫を探してずっと遊んでいました。田んぼ用の汚れてもいい服を着て、どろどろのでろでろになって。野生児みたいに遊んで、マンションに戻ってぎょっとする、みたいな(笑)。 うちの子どもはそんなに虫は好きじゃなかったんですよ。でも、通っているうちに好きになって、自分から「行きたい」って言うようになりました。起業して忙しくはなったんですけど、仕事場に子どもを連れていけるようになったのは良かったなと思います。自宅近くに公園はないけれど、それが田んぼだと思えばいいかな。 見沼たんぼって、浦和の地元住民などに意外に知られていないんですよね。身近な場所にあるけれど、来る機会もないし。だから、同じ世代で、ボランティアでもいいから関わりたい人がいれば大歓迎です。子どもと一緒に1、2時間ふらっと来て、子どもが傍らで遊んでいる間に、草取りして帰るとか。公園でおしゃべりするより達成感があるし、楽しいですよ。
▼「十色」のfacebook ▼「十色」の農業体験申し込みフォーム ▼親子体験のプラットフォーム「ギフテ!」で随時募集(「十色」で検索) ▼「見沼たんぼ」のHP
↓  十色が特化して栽培している唐辛子。形も色もさまざまで、かわいらしい
【話した人】サカール祥子。東京農業大学大学院造園学専攻修士課程修了。川口市の障害福祉施設で就労継続A型作業所の勤務を経て、見沼たんぼで障害者中心の営農活動をするNPOの立ち上げ、事務局を経験。2021年2月に新規就農し、3月に農業仲間の女性2人と「十色」を設立した。長期で旅行に行くのが好きで、ブータンやタイなど数多くの国を訪問。夫はハンガリー人。小3の長男、年長の次男がいる。
【書き手】大平明日香。地元埼玉で男児を育ててます。長野、東京本社社会部、長崎、埼玉などを経て、現在は東京本社で記者をやってます。息子のおかげで、妖怪にくわしくなりました。目下の悩みは、増え続けるカプセルトイとバスボール、ファーストフードのおもちゃの置き場。