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2023.10.21

かつて「周回遅れ」と言われ でもSDGs先取り、マイペース酪農とは

 東アジア地域の環境保全に貢献した個人・団体を表彰する「日韓国際環境賞」に、今年は北海道内の酪農家らでつくる「マイペース酪農交流会」が選ばれた。国の政策に振り回されず、風土に生かされた適正規模の酪農を実践する人々らの集まりだ。かつて「周回遅れの酪農」ともやゆされてきた家族経営の酪農は、SDGs(持続可能な開発目標)を先取りするような、環境にも人にも牛にもやさしい酪農の実践だった。

 「牛を減らしましたか?」。月に1度の交流会は、三友盛行さん(78)=中標津町=のそんな言葉で始まる。三友さんは、適正規模の循環型酪農「マイペース酪農」を提唱する元酪農家だ。交流会には酪農家夫婦や新規就農希望者だけでなく、一般市民も多く集まる。

 夫婦同伴の参加が特徴の交流会からは、名言も生まれた。「男のロマンは女のフマン」。子育てをしながら夫の酪農経営を支える女性の本音だった。男性のロマンの一例は「規模拡大の夢」で、女性には大きな不満(フマン)だったに違いない。そうした本音が仲間との語り合いで化学変化を起こし、「女のロマンは男のロマン」へと変わっていった。

 頭数を減らして得たゆとりの時間に、女性はチーズやヨーグルトなどの乳製品を作り始めた。三友さんの妻由美子さん(78)は1995年、交流会の女性たちで「農家チーズを作る会」を結成、98年には自宅敷地にチーズ工房「チーズ館」(現在は閉館)を開いた。熟成1年の「山のチーズ」は、国際線の機内食にも採用された。

 補助金を受けてメガファーム路線にかじを切る担い手は確実に増え、「酪農バブル」に沸く時期もあったが、それは安価な穀物飼料が輸入されることが前提だった。だが、ロシアによるウクライナ侵攻で飼料が高騰し、輸入飼料依存型の大規模酪農の根底を揺さぶった。

 牛も疲れている。本来は草食動物で、搾乳量を増やすための穀物飼料は大きな負担を強いる。乳房炎や起立不能などが多発し、経済動物とはいえ、わずか2~3回の出産で「お役御免」となる。一方、マイペース酪農の実践者が獣医を呼ぶことはめったにない。牛が健康なのだ。

「大規模化への対抗ではない」

 マイペース酪農は、国や農協が進める大規模化の対抗軸とみられがちだが、三友さんは「大規模多頭化に対抗して始めたわけではない。いろいろな経営形態があっていい」と否定する。

 暖流と寒流がぶつかる太平洋に面した根釧地域は、夏の間は濃霧に覆われて日照時間が短く、1ヘクタールに乳牛1頭を飼うのがせいぜい。昼夜放牧を基本に、牛の排せつ物を完熟堆肥(たいひ)として土に戻し、土と草、牛を主人公にして、たどり着いた循環型酪農だった。

 2代目の事務局長を務める森高哲夫さん(72)=別海町=は大規模化を考えていた40代目前、仲間と三友さんを訪ねた。「良い堆肥を作り、良い土を作り、良い草を作る。穀物をあまり与えず、牛が健康で、乳量が少なくても採算が取れ、ゆとりある生活ができ、環境への負荷も小さい経営」。三友さんの説明は、森高さんが求める酪農の姿と重なったという。91年6月、月例交流会が始まった。

 事務局は参加者の発言を詳細に記した「マイペース酪農交流会通信」を30年以上、発行してきた。多いときに20ページを超える通信は出席者だけでなく、過去の参加者にも送る。離農や転勤で参加できなくなった人から届く反応も、通信を発行し続ける原動力になる。

 三友さんは、より専門性の高い実践的研修「酪農適塾」も開催する。新型コロナウイルス禍で交流会はしばらく適塾に合流する形で行われてきたが、近く交流会も再開する考えだ。【本間浩昭】

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