ソーシャルアクションラボ

2018.07.05

<神戸市いじめ自殺・証拠隠蔽問題>密室化する市教委と第三者委員会

神戸市垂水区で2016年10月、市立中3年生の女子生徒Aさん(当時14歳)が自殺した問題で、神戸市教委職員が当時の校長に対し、生徒から聞き取りした「いじめメモ」の存在を隠蔽(いんぺい)するよう指示していたことが判明した。女子生徒の母親は「裏切られた」と怒りを新たにする。なぜこのようなことが起きるのか。【ジャーナリスト・粟野仁雄】

 

◇「腹をくくってください」と市教委主事が校長に隠蔽工作

 市教委などの会見をもとに概要を説明する。Aさんが垂水区内の川の欄干で首を吊り死亡したのは16年10月6日。5日後に学校は、Aさんと仲の良かった生徒6人に聴取し証言をメモに残した。メモには、歩行中に足を引っかけられたり、「顔面凶器」などと容貌を中傷されたりしていたという目撃証言が「いじめ」という言葉とともに明記して記録されていた。

 母親が昨年2月、メモについて市教委に尋ねたところ、当時の校長は「メモは記録として存在しない」と回答。自殺後に市教委が設置した第三者委員会は同8月8日、いじめの存在は認めたが「自殺との関連は特定できない」「メモは破棄された」との報告書を出した。この直後、現校長がメモの存在を知り市教委に伝えたが放置された。母親は第三者委員会報告に納得せず再調査を求めた。

 今年3月、現校長がメモを市教委に提出したため、市教委が調査を開始。4月にメモの存在を公表したが「隠蔽ではない」とした。市教委の依頼で弁護士2人が再調査し6月3日、「隠蔽」を認定する報告書を公表した。

[聞き取りメモを巡る経緯]
2016年10月 女子生徒が神戸市垂水区内で自殺。学校は同級生らに聞き取り調査し、メモを作成。市教委が第三者委員会を設置
          この間、生徒の母親は市教委側にメモの確認を繰り返し求める
  17年 8月 第三者委が「いじめはあったが自殺原因は特定できない」とする報告書をまとめる。メモは「破棄」と記載。校長から「メモは存在」と指摘を受けた市教委は確認作業をせず放置

  18年 3月 母親が報告書は不十分とし、自殺原因などの再調査を求める
     同    第三者委が市長に報告書を提出。校長は改めて「メモは存在」と指摘し、市教委が初めて調査開始

   4月 市教委がメモがあったと発表

   6月 市教委が同主事が校長にメモの隠蔽を指示と発表                           ※市教委の説明などに基づく

 どんな「隠蔽工作」だったのか。報告書によると、昨年3月ごろ、遺族との窓口役を務めていた市教委の課長級職員(首席指導主事)が自殺当時の校長に「メモはなかったことにしよう」と持ち掛けた。遺族の申請で行われた神戸地裁による証拠保全手続きの際も、職員が校長に隠蔽を要請。渋る校長に「腹をくくってください」と押し切った。

 隠蔽した理由について主事は「遺族からの情報公開請求は終わっており、メモを出すと再度、請求されるためマスキング作業などが煩雑で第三者委員会の報告書作成に支障が出る」と弁明したという。報告書は、校長については「自殺から5カ月近く経てからメモの存在を明かした場合の遺族の反応を心配し、ないことにしてやり過ごしたかった模様」とした。報告書に対し、母親は「メモの隠蔽はいじめ自体を隠そうとする学校、市教委の姿勢から生じた。まだ隠されている文書や事実があるのではないかと不信感が募る」とコメントした。

 

◇声を上げない教員たち 学校現場は蚊帳の外

 6月4日の神戸新聞によると、自殺5日後の生徒からの聴取は、学級担任ら9人で構成する学年団教員が行った。聴取後、校長、教頭、スクールカウンセラー、主事が出席する場でメモのコピーが配布され、聴取した教員から説明があった。校長は教職員に「生徒へのカウンセリング資料は本来残すべきものではなく、今さら出せない」と説明したが、戸惑う教職員もいたという。

 前出の報告書は「経緯を2人以外に知る者はいない」として組織的隠蔽とは認定していない。市教委も隠蔽事実を認めたものの「主事だけが市教委へ報告していた。ダブルチェックできるチャンネルを他に作るべきだった」(江尻勝也学校教育課長)と主事の独断を強調し「組織隠蔽」を必死に否定する。

 遺族代理人の辰巳裕規弁護士は「事件直後、中学には教育委員会職員が派遣され 当初から指導課が組織対応していた。証拠保全の時も、担当課長がいち早く学校に来ており、校長が課長との協議で決めたと考えるのが自然。教育長あての遺族への回答書の対応について、一主席指導首事が独断で判断するとは思えない」と「主事独断」に疑問を呈する。

 それにしても同中学の教員らは声を上げられなかったのか。「実は現場は何もわからないのです」と語るのは、兵庫県たつの市の元中学教員で「学校の事件・事故を考える会」の内海千春共同代表(59)。内海氏は1994年に小学校6年の長男(当時11歳)が担任教諭の暴力指導を苦に自殺した。市教委は暴力を否定していたが2013年にやっと事実を認めた。

 内海氏は「隠蔽を指示した校長と一部の教員だけが情報を占有し大半の先生は知らされていないのでしょう。知っている教員も、校長が『なかったこと』にしていることを他の先生に言うはずはない。疑問に思う教員も誰に聞いてよいかわからないのです。今の校長が今年になってメモの存在を市教委に報告したのは握り潰して後にばれたら責任が問われるからではないでしょうか。結局、校長と市教委の責任の押し付け合いにしか見えません」。

 

◇第三者委員会にも不信感

 母親は「『顔面凶器』と中傷した生徒を特定できないのはおかしい」と第三者委員会にも不信感を抱いている。

 第三者委員会とは、大津市の中学のいじめ自殺事件(2011年)を契機に成立したいじめ防止対策推進法で教育委員会や学校に設置が義務付けられた調査組織だ。内海氏は指摘する。「学校が調査を丸投げする結果、守秘義務を課された第三者委員会と教育委員会事務局だけの密室になってしまっている。メモの隠蔽が明るみに出たのだから、本来なら第三者委員会の面目は丸つぶれ。にもかかわらず委員長が何もコメントしないのはおかしい。厳重抗議をしてしかるべきだ。メモを知らずに調査報告をまとめたのなら調査はやり直すべきでしょう」

 第三者委員会をめぐっては当初から人選の中立性をどう担保するのかが問題視されていた。今回の第三者委のメンバーは市教委に常設されている「神戸市いじめ問題審議委員会」のメンバーの横滑りだ。 その後、第三者委員会は隠蔽を踏まえて報告書を修正するか協議を始め、一方、久本喜造市長は別のメンバーでの調査を指示している。

 前出の辰巳弁護士は「調査の出発点であり、事件の背景を知るうえで第一級の生資料を隠蔽することは許せない。いじめ事件では生徒たちが口を閉ざすことが多い。勇気を出して話してくれた生徒たちの思いを踏みにじる行為。学校が主体的に向き合わないことがおかしい」と指弾する。

 悲しい事件が起きても肝心の学校教員は事件に向き合わず、第三者委員会は結果的に「隠れみの」になり、遺族が望む真相究明は遠のいている。