ソーシャルアクションラボ

2018.07.11

ある教師の実践(前編) 大人との信頼関係ができるまで

「いじめをする子は何らかの問題を抱えている」。取材した教師たちは口をそろえて答えた。いじめや暴力の加害者への働きかけについて教師たちはどのように試行錯誤しているのか?  ある教師の生徒指導の実践をつづった記録を紹介する。(登場人物は仮名、写真はイメージです)   【鷲頭彰子】

◇全身にみなぎる拒絶する雰囲気

  「雄太は、小学生の頃から札付きの問題児とされてきた」。実践記録はこう始まり、「暴言、暴力、いじめ、エスケープなどをくり返し、『本人、家庭ともに指導が困難』との申し送りだった」と続く。

  雄太と男性教師・青木との出会いは、中学校入学後の4月。教室に一人座っていた雄太に学年集会のある体育館に早く行きなさいと声をかけた。「うるせえんだよ!」と雄太は言い、挑みかかるようににらんできた。教師を拒絶する雰囲気を全身にみなぎらせていた。保護者に連絡を取ろうとしてもほとんど取れない。とても複雑な家庭環境でほぼ「育児放棄」の状態で育ってきたようだ。

  彼は問題を次々と起こした。ふとしたきっかけで、級友を殴る蹴る。止めに入っても暴れまくる。授業中も他の生徒を誘いトランプを始めて騒ぐ。注意すると「うるせえんだよ」と反発する。身体に触るとキレることもあった。

  「どうしたらとっかかりを作れるんだろう」。青木は途方に暮れた。

◇のんびりペースを合わせ

 翌年、担任を外れ、雄太たち2年次2学級の副担任になった。青木は空き教室を利用して「青木部屋」を作った。青木部屋には、もらってきたマッサージチェアを置き、自分が撮ってきた風景写真も飾った。生徒がくつろぎながら話せる空間にしたかった。そして、その部屋にできる限りいるようにし、ふらふらしている雄太を招き入れようとした。できる限りのんびりと、そして雄太のペースに合わせるように心がけた。

 5月のある日、「青木、暇そうだな」「ああ暇だよ」。雄太と友人がやってきた。その後しばらく雑談。青木が何気なく壊れたほうきでゴルフスイングのまねを始めると、「下手だな。俺の方がうまいぜ」と言いながら雄太たちも折れたほうきを振り回しはじめた。3人とも調子に乗って、折れたモップの棒や壁の板を使ってゴルフクラブを作り始めた。「この部屋は壊されたものばっかりだな」「そうなんだよ。ほんとこの学年の生徒は物を壊してくれるよ。誰がやってんだろ。頭にくるよ。片付けや修理は先生だもんなあ。」「先生も大変だな」(実はほとんど彼らが壊しているのだが)「そうだよ。ほんといやんなっちゃうよ」と会話が弾んだ。

 やがて雑談の中で雄太は、家のことや小学校時代の嫌だったことなどをポツリポツリと話すようになった。缶ジュースを飲みながらうろうろしているのを注意しても、「ああそうか、悪い、悪い」と子どもらしい表情を見せるようになり、ふざけながら身体に触れても以前のように「拒絶」が伝わってこないことが増えた。

 青木は言う。「大人との信頼関係ができたというのは、指導の半分以下でしかない。自分を取り巻く集団への信頼回復が、自尊感情の回復につながる」。

◇雄太を支えるクラスメートたち

 雄太がどうして荒れるのか。青木は学級委員会、班長会などを頻繁に開催した。「なぜ、あんなにキレるの?」「小学生の時どうだったの?」「ヒントを教えてほしい」「君らの力を貸してほしい」。生徒に相談した。真剣に訴えると「雄太を何とかしたい」という思いは伝わる。「あいつにも良いところあるんだよ」「先生、しばらく様子見ておくよ」。生徒も応えた。

 クラスのリーダーの一人、夏美は、2年生の夏に自分の班に雄太を入れた。夏美は、兄が「問題児」だったこともあり、そのような子どもに理解がある面倒見の良い生徒だった。しかし、雄太のことは「迷惑な人」「いなけりゃいいのに」と思っていた。話し合いの中で、夏美は小学生のころを思い出していた。学校で何か事件が起こり、一方的に雄太のせいにされたときのことだった。雄太は教室の隅で泣いていた。夏美は青木らと真剣に話し合ううちに「関わろう」と決意。同じ班になった後は、努めて声をかけたり、教科書やノートを見せたりした。雄太の優しい一面も見えてきた。雄太も夏美が「やめなよ」と注意すると素直に聞くことが増えた。

◇雄太の苦しみ

 体育館のガラスを何枚も割ったこともあった。補欠で入った教師に「そんなに遅れてきて、授業には入れないぞ」と強く言われたことがきっかけだった。連絡を受けて青木が駆け付けると、雄太は興奮しながら割れて散乱したガラスの前に立っていた。こんな時に「何をしたんだ?!」と責めても無意味だ。青木は黙って素手で割れたガラスを片付けはじめた。しばらくすると雄太は、「先生、手を切るなよ」と言い、自分もガラスを片付け始めた。雄太の苦しみが手に取るように伝わってきた。

  「校長室に来るように」と、連絡があった。雄太を連れて校長室のソファーに並んで座った。このころには雄太は落ちつきを取り戻していた。校長にもちゃんと謝罪するつもりだった。しかし、教頭が「雄太君、君のやったことは許されることではない。本気で反省し謝罪しなさい。それから弁償もしてもらう」と言った瞬間、向かい側に座っていた教頭に飛びかかろうとした。隣に座っていた青木は全力で彼を抱きしめた。雄太はしばらく暴れた。やがて雄太の目から涙が落ち始めた。

◇賭けで突きつけた「スポーツマンシップを守ってほしい」

 雄太はサッカー部に入っていた。青木はサッカー部の顧問。雄太の学校のサッカー部は「悪の集まり」だった。部室でたばこを吸う、試合では相手チームに暴言を吐く……。チームから3年生が引退し、2年生が最高学年となった7月、青木は雄太たち部員を前に要求を突きつけた。賭けだった。

 「スポーツマンシップを守ってほしい」「そのためには普段の生活をしっかりしてほしい」「授業にもちゃんと出てほしい」「学校の決まりや服装を守ってほしい」「部員への暴言は慎んでほしい」「先生への暴言や反抗を慎んでほしい」――。

 雄太はカッとなった。「それは俺のことか!?」。そして、「辞める」と言って部室を出て行った。教師間では「雄太の居場所を奪い、芽生えた大人への信頼を切ることだ」と議論が起こった。青木はもう言ってしまったこと、と様子をみるしかなかった。

 それでも雄太はサッカーが好きだった。放課後、サッカー部が練習しているグラウンド近くをふらふらしている。青木は授業が終わるとすぐにグラウンドに向かった。雄太は青木を見るとさっと姿を消すということが何度も続いた。意地の張り合いだった。

 「青木先生いらっしゃいますか?」。8月、突然雄太が職員室に現れた。しかも頭を丸坊主にして。「サッカー部に復帰したいです」「決まりを守る気はあるのか?」「はい」。他の部員の保護者も「雄太、早く戻りなよ」と裏でフォローしてくれていた。

 雄太が3年生に進んだ6月の学校総合体育大会。3年生として最後となる試合で強豪校と対戦した。結果は大差で敗退。しかし、試合終了直前に雄太がミドルシュートを放ち、一矢報いた。帰りのバスの中で雄太はヒーローだった。

=②は6月15日に公開します

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