ソーシャルアクションラボ

2018.08.23

「いじめによるトラウマ、後遺症は残る」 精神科医 斎藤環さんに聞く

 斎藤環さんは臨床医として長年、ひきこもりの診療にあたってきた。その中で、いじめがきっかけになった人が少なくないことに気づいた。いじめは起きた直後もいじめと認められにくい社会で、いじめによる後遺症はさらに見えにくい問題として厳然とある。いじめはなかったこととされ「忘れた方がいい」と言われても当人の心の傷は癒やされることがない。成人してもトラウマが残り、生きづらさを抱えている人は多い。これまであまり問題にされてこなかった「いじめ後遺症」について話を聞いた。【聞き手・小川節子】

・引きこもりの1割はいじめがきっかけ
・いじめによりうつ病、自殺のリスクは高まる
・いじりといじめの違い 

さいとう・たまき 1961年、岩手県生まれ。精神科医、批評家。筑波大学医学研究科博士課程修了後、千葉県の病院勤務。2013年から筑波大学教授。不登校ひきこもりの治療、支援活動に積極的に関わる。文学、映画、美術、漫画など幅広いジャンルで批評活動も展開している。著書に「社会的ひきこもり」「心理学化する社会」など多数。◇いじめでうつ病、自殺のリスクが高まる


ーーいじめ後遺症に早い時期から着目していましたが……。
斎藤 私は長年にわたり、ひきこもりの臨床現場にかかわってきました。その経験からひきこもりの約1割程度の人はいじめをきっかけに不登校になり、ひきこもりになっていることに気づきました。いじめの時期がいつだったか、いじめから何年後のことかといったことは問いません。とにかく過去にひどいいじめを受け、それがトラウマになり、成人してからでもひきこもり、うつ病、自殺につながることがあると提唱してきました。
ーー具体的なエビデンスはありますか。
斎藤 東大の精神科医、滝沢龍さんが中心になって進めたコホート研究で、イギリスの7歳から11歳までの間にいじめ被害を経験した約8000人に対し追跡調査を行ったところ「うつ病、自殺」などのリスクが2割近く高くなったというデータがあります。この事実にもっと多くの人は着目すべきだと思います。
ーーいじめ後遺症とは具体的にどんなものものですか。
斎藤 いじめられた経験が心の傷になり、人と関わることに恐怖、不安感を抱きます。特に同世代の人に強い恐怖感を覚え、人付き合いが苦手で、職場にもなじめず生きづらさを覚えている人は少なくありません。いじめを受けて10年、20年たってから病院を受診してくる人もいます。最悪の場合、自殺にいたるケースもあります。いじめが起きた時、親も学校も適切な対策をとらず、卒業すればそれで終わりと考えがちですが、当事者はいつまでたっても癒えない生傷を心に抱え続けているんです。
ーーいじめ後遺症はこれまであまり問題にされてきませんでしたが、その原因をどう考えますか。
斎藤 いじめが起きて子供が自殺した時はマスコミは扇情的に報道しますが、1カ月もすると何もなかったかのように沈静化します。原因も有効な対策もなにも示されないまま。いじめ直後による自殺の原因が「いじめ」だと認められないことも多く、まして10年、20年後の自殺がいじめによるものだとは、だれも認識しません。
 また、被害者がいじめられた体験を言いたがらないことも原因のひとつだと思います。自ら隠しておきたいことですし、たとえ、言ったとしても周囲は「そんな昔のことをいまさら言っても仕方がない。忘れた方がいい」といった態度をとることが多く、さらに傷つくこともあります。
ーーいじめに対する認識は学校、教師、社会全体で変化はありましたか。
斎藤 いじめに対する認知度は30、40年前に比べ少し上がったかもしれませんが、問題意識はほとんど変わっていないと思います。
 2014年に東京葛飾区で起きたいじめ自殺について第三者委員会が今年3月に結論を出しました。いじめによる自殺ではなかったというものです。部活動のチーム決めの際に沈黙し動かなくなった生徒に、周囲の部員がピンポン球を当てたり、ジャージーを下げようとしその後、生徒は学校を出て自殺しました。文部科学省の現在の定義でもいじめを受けている当事者が「いじめ」だと感ずれば、いじめと認定すべきだという規定があるにもかかわらず、その定義を後退させるような結論でした。第三者委員会は客観的にもっと厳しい目で判断しなければならないと強く思いました。
 現在起きているいじめへの対処もきちんとできていないのに、いじめ後遺症といったさらに高次元の問題を考えるのは今の教育現場には難しいかもしれませんね。
 そもそも、いじめをいじめとして認めようとしない社会が問題です。


◇いじめ後遺症を防ぐためには加害者へ処罰を!


ーー いじめ後遺症を防ぐためにはどうしたらいいでしょうか。
斎藤 どこまで効果があるかは疑問ですが、処方箋としては、①謝罪②処罰③納得は最低ラインです。
 いじめが起きた直後、加害者は被害者にきちんと謝罪することが大切です。謝罪すればそれですんだと思いがちですが、それだけでは不十分です。処罰することは必要不可欠です。
 加害者がなぜいじめをしているのかという背景に、別のいじめや虐待者である可能性もあります。こうした背景を踏まえつつ、「配慮のある処罰」を与えることは大切なことです。
 ある私立の中学校では、不登校の生徒が出た段階ですぐに「いじめ対策委員会」が設置されるそうです。いじめ問題が明らかになれば、加害者の生徒は問答無用で退学処分になります。退学までさせるには賛否あるでしょうが、ルールに基づく明快な処罰があるという点は他の学校も見習うべきです。
 いじめ対策に教師の指導は一切いらないと私は思っています。指導よりも処罰です。加害者にきちんとした罰を与えることで、被害者もある程度納得します。そして、この本人の納得がポイントです。いじめが起き、その直後に加害者にきちんとした罰が与えられると被害者の多くは納得します。謝罪も処罰もなされぬまま、うやむやにしようとするからこじれるのです。
ーー加害者への罰というあたりまえのことが、なぜ学校では、できないのでしょうか?
斎藤 昭和の時代以降、教師は非行生徒の指導に熱心でした。教師の体当たりの指導で生徒を更生させることがいい先生だというカルチャーがいまだに根強く残っています。このため、いじめも教師の指導で解決できると思い込んでいるんだと思います。この教師たちの「指導文化」も変えていかなければなりません。
ーー親の対応としては?
斎藤 被害者の親は100%子どもの味方になってください。いじめ被害を訴えてきたら、絶対に批判をしないこと。「いじめられるには、おまえにも原因があるんじゃないか」などということは禁句です。たとえ、子どもの被害妄想のような訴えであっても、いったんはそのまま受け入れてください。
 加害者の親は子どもがなぜいじめたのかといった背景に気づくことが大切です。その上で、罰をきちんと受けさせてください。悪いことをしたら罰を受ける、それによって償うということが罰の意味です。罰を受けたあとはひきずらない。その子の人格まで否定しないことが大切です。暴力などのいじめをした場合は親も被害者の親、子どもに謝罪する必要があると思います。
ーー学校現場での対応は?
斎藤 いじめは絶対的に加害者が悪いにもかかわらず、学校ではいまだに被害者責任を問うところが多い。加害者を罰するどころか、被害者に我慢を強い、泣き寝入りさせることが少なくありません。問題をこれ以上こじらせないために被害者に転校を勧めることもあります。これはだれが考えてもおかしい。
 教師としては被害者を我慢させ、問題が起きていないようにみせる方が簡単なので、そうした指導に陥りがちです。とんでもないことです。加害者は罰せられるどころか無罪放免になる。こんな理不尽なことがまかり通っているのはおかしい。いじめがなくならない原因の一つだと思います。
ーー4月から道徳の授業が本格実施されました。いじめも大きなテーマになると思いますが、注意点は?
斎藤 道徳は倫理的観点から善悪を決めたり、教えるものではありません。良い悪いではなく考えさせる授業にしなければなりません。道徳はコミュニケーションのための場であり、それを学んでいく時間にしてほしいと願っています。


◇本人がつらかったら「いじり」も「いじめ」


ーー いじめが起こりやすい環境、条件とは?
斎藤 「スクールカースト」の存在が大きいと思います。カーストの序列はお笑い芸人のように人を笑わせる、人をいじる、空気をよめるといったコミュニケーション力によって左右されます。教師はクラスの中にカースト制を作らないようにすることが大切です。ただ、教師の中にはこれを利用して、クラス運営をする人もいます。生徒全体の約3割はスクールカーストによってつらい思いをしています。カーストがあることがはっきりしたら、教師はそれを解体しなければなりません。ただ、なかなか目にみえにくいため、自分のクラスにはないと思っている教師も少なくありません。あるのがあたりまえという認識をもち、注意深く生徒を観察してください。また、教師の生徒へのハラスメントもいじめの原因のひとつです。本人に認識がないので隠蔽(いんぺい)さえしない教師もいるほどです。
ーーいじりといじめの違いは?
斎藤 明らかにいじめであっても、「これはいじめでなくいじり、本人も喜んでいる」という理由で教師も見過ごしていることが多い。教師はよく様子をみて、いじられている人がつらい思いをしているかどうかをみてください。いじりはお互いにやりあう相互性がありますが、いじめは一方通行です。これでみわけてください。また、本人がそういう状態に納得しているかどうか、つらくないかといった生徒の感情を知ることが必要です。
ーーいじめに対し社会的許容度が高いような気がしますが。
斎藤 日本社会全体が加害者寄りだと思います。いじめ体験にしても加害者が話すと「やんちゃだったんだね」とポジティブに受け止める人が多い。こうした風潮は変えなければならない。これに対しいじめ被害者はいまだに傷を抱えていたり、コンプレックスになったりしているため、声をあげられない状態が続いている。いじめられたことに同情するよりも差別されることすらあります。
 また協調性偏重主義がいじめの原因に関係しているとも思います。個人に立脚し「個」の大切さを意識しなければならない。民主主義は個人尊重の上になり立っていることを私たちはしっかり認識しなければならないと強く思います。

記者が厳選 「いじめを哲学するアーカイブ」

そもそも「いじめ」って何なのでしょう?さまざまな観点から「いじめ」について考えてみませんか?

※アーカイブは有料記事です。有料記事の閲覧にはデジタル毎日への登録(24時間100円から)が必要です。