ソーシャルアクションラボ

2018.09.21

【事例紹介】いじめがない? 埼玉県立伊奈学園総合高校

・「この学校にいじめはありません」のネット情報を探る

・個性バラバラなら、出るくいは打たれない?

・180種類以上の選択科目、総合選択制が影響か

 「いじめはない」との口コミ情報がネットに複数出てくる学校がある。埼玉県立伊奈学園総合高校(遠藤修平校長)。本当なのか、その理由はーー。口コミの裏側を探った。【鷲頭彰子】

◇「いじめがない」の口コミ情報続出

 発端は1年ほど前、ネットで学校の情報を調べていた時だった。「いじめは聞いたことがありませんよ♪」「いじめの話はほとんど聞きません」「いじめは本当に少ないと思います。ホームルームも3年間一緒なので、クラスの仲はとてもよいですし、居場所が多いと思います」という口コミが立て続けに出てきた。今回、ソーシャルアクションラボのサイトでいじめ問題に関わるようになり、関係者に話を聞いてみた。

 「いじめは聞いたことがないですね。人数が多すぎ。選択科目が多すぎ。授業と授業との合間の教室移動が多すぎ。苦手な人がいても避けることができるからかもしれない」。同校3年の女子生徒はあっさりと答えた。

 埼玉県東部の伊奈町にある同校は、総面積15万5000平方メートル。東京ドーム3個分の広大な敷地を持つ。生徒数2378人は標準の高校3校分の規模で、いわゆるマンモス校だ。

 女子生徒の言う「選択科目多過ぎ」が特徴だ。1984年、全国で初の総合選択制普通科高校として誕生。人文、理数、音楽、スポーツ科学、生活科学など七つの学系に分かれ、180種類以上の選択科目がある。生徒は自分で学習計画を立て、学ぶ科目を自由に選べる。大学を想像してもらうとわかりやすいかもしれない。ただし、空きコマを入れたり、ある曜日を休みにしたりということはできず、1週間(月曜日~金曜日)全32コマ(月、火曜日は7コマで他は6コマ)に何らかの科目を入れなければならない。結果、生徒一人一人の時間割が異なるため、クラスはあるものの一つの教室にはさまざまな学系の生徒が集うことになる。必修科目の多い1年生はまだしも、学系ごとの授業や、自由選択科目数が増える3年生ではクラスメートが集まるのはホームルームだけということもよくある話だ。

 本サイト中の「『学校のあたりまえを疑え!』 社会学者 内藤朝雄さん」で、内藤氏はいじめが起こる要因の一つに「所属する人の流動性が低く、人間関係が入れ替えにくい。逃げることができない」ことを挙げている。選択科目の多い同校では、その逆の状態と言ってもよく、いじめようにもいじめにくいのかもしれない。

 女性の卒業生(30)にも聞いてみた。

 「実際いじめとかはなかったですね。選択授業が多いので、クラスにとらわれることがなく、どこかで気の合う友人が見つかるからだと思われますね」。

◇「いろいろな人がたくさん」の意味は?

 この卒業生と前出の女子生徒とがあげた、いじめがない理由の中に気になったことがあった。「個性的な人が多い」である。

 「個性とは?」との質問に、女子生徒は「本当にいろいろな人がいるんですよ。アニメがめちゃめちゃ好きな人とか、筋肉増強オタクとか……。世の中にこんな人いるんだと思うことが多いですよ」と笑いながら答えた。彼女は同校中学校からの進学組。「中学に入学したときからみんな個性的だった?」と聞くと、「中学に入ったときはみんな普通なんです。でも、そのうちなぜか個性的になっちゃうんです」との答えが返ってきた。

 卒業生は「帰国子女やおしゃれ好きな子、部活に打ち込む子などいろいろな生徒がいましたね。個性があるから目立つということもなかった。『この人はそういう人なんだ』と尊重する雰囲気だった」と語った。

 個性を伸ばせるのが同校の校風で、それがいじめがないことにつながっているのか。第4期生の田中健一同窓会副会長(46)はこう話す。

 「いろいろな学系があり、それぞれ専門性が高い。ピアノが好きな子は一日中ピアノを弾いていた。人文系の生徒がたまたま音楽の授業を選択し、専門性の高い先生に教わったことで声楽に目覚め、芸大に入ってオペラ歌手になった人もいる。好きなことにのめり込める環境が整っているから他人にあまり関心ない。クラス内での人間関係が希薄といえば希薄だが、だからこそいじめはないのかもしれない」

◇人間が人間らしく成長するには

 三輪定宣・千葉大学名誉教授(教育行政学)は「個性や夢をアピールする学園の理念が『いじめ』を和らげていることは確かだろう」としながらも、「ただ、人間が人間らしく成長するには、さまざまな人がいる小さな共同体がふさわしい。青年期の人格形成期には、『いじめ』の解決も人間的成長の肥やしになる。『クラス』はいちがいに否定されるものではないだろう」と別の見方を示す。

 では同校自身はどう見ているのか。遠藤校長はいじめがないと言われていることについて「もちろん多少のトラブルはあるが、やりたいことが明確な生徒が多く、そのプライドが他人の価値を認め合えることにつながっている。それが『いじめがない』と言われるゆえんでは」と語る。三輪氏の指摘については「学系に関わらず『ハウス』と呼ばれる五つの校舎に分け、学園祭や体育祭ではハウスごとに競い合うなど、人間関係が希薄化しないよう工夫している。ハウスの教師も人事異動がない限り3年間持ち上がりで、ハウスは『家族』のようなものだ」と話した。

◇いじめを深刻化させないために

 ネットを検索していくと、「スクールカーストは存在する」「いじめが少ないとは言えません」という投稿もあった。表に出てこなかったいじめを経験した人はいたのだろう。記者は人が集うところにいじめがないことはあり得ないと考えている。苦手な人とのトラブルはどこでもある。ただそのことにとらわれることなく、逃げる場や他のことに没頭できる環境があることが、いじめを深刻化させないことにつながるのではないかと気づいた。

記者が厳選 「いじめを哲学するアーカイブ」

そもそも「いじめ」って何なのでしょう?さまざまな観点から「いじめ」について考えてみませんか?

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