ソーシャルアクションラボ

2018.08.23

いじめ深刻化の2大要因に着目  いじめ予防プログラム開発者に聞く①

「いじめ」は当然悪いことだ。誰でも分かる。だが、なくならない。なぜなのか。欧米ではいじめに関する研究が進んでいる。いじめが起きやすい学校風土、いじめる子に共通する要因、いじめ被害に遭うリスクを高める危険因子など、数々の研究によって科学的根拠(エビデンス)が示されている。これを使っていじめを止めるための具体的な行動を浸透させようと、エビデンスに基づいた予防プログラムを開発した、公益社団法人子どもの発達科学研究所の和久田学主席研究員に話を聞いた。【聞き手・金秀蓮】

◇「いじめられた経験」が対策を難しくする

ーーいじめに対して科学的にアプローチをする必要性は何なのでしょう。

和久田氏 多かれ少なかれ、いじめられた経験は誰にでもあるでしょう。経験者が多いということが対応を難しくしています。本当にいじめでつらい思いをしていた人は、教師や子どもたちの支援者になる可能性が低い。なぜなら、いじめ被害によってうつ病になるなど予後が悪いことが分かっているからです。深刻ないじめを受けた人は、今もどこかで苦しみながらひっそりと生きている可能性があります。
 さらに教師や親は、いじめを乗り越える何らかの保護因子を持っていた可能性もある。だから自らの経験から考えて、例えば、子ども時代に勉強ができた人は「大丈夫、勉強で見返せばいいよ」と子どもにアドバイスする。スポーツができた人は「スポーツでやりかえせ」と。あまり深刻でない経験をした大人は「そんなもの大したことない」と言ってしまうわけです。でも、そのようにアドバイスされた子に、それどころではない大変なことが起きていたとしたら、救えませんよね。逆に傷つけてしまう。つまり、経験則は使わない方が無難だということです。ではどうするか。科学を使うことになります。科学的に分かっている事実を使わないといけないのです。
 私自身は元教員ですが、私も経験則を持っていました。それは「いじめはアンコントロール(制御不能)だ」ということでした。どこで何が起こるか分からない。子どもたちにはそれぞれの家庭環境もある。でも科学によって、コントロールできるものだということに気付いたんです。いじめが駄目だと情緒的に訴えるだけではなく具体的にどのような行動をとればいいか、子どもたちの行動に対して支援をすることがいじめの予防につながるわけです。いじめられやすい子、いじめをしやすい子にはその背景となる危険因子があります。危険因子によっていじめを予測し、対処することも可能です。

ーー学校でも、教師らが自らの経験から「これぐらいはいじめではない」とか「受け止め方の違いだよね」と子どもたちに言ってしまうことがあると耳にします。エビデンスを基に我々は何をすべきでしょうか。

和久田氏 まずはいじめを定義することです。いじめとけんか、いじめと他のものが分けられないのは科学的ではありません。深刻な事案だったらいじめで、そうでなければいじめではないとなるのは変な話ですよね。
 日本の場合、いじめ防止対策推進法の定義がありますから、それで良いのですが、この法律の定義は、被害者が心身の苦痛を感じたら全ていじめとするという、非常に広いものになっています。これはこれで意味があると思うのですが、ここでは研究に基づいた定義を紹介したいと思います。
 アメリカのボンズという研究者がいじめを▽相手に被害を与える意図的な行為(被害性)▽反復性▽力の不均衡(アンバランスパワー)▽不公平な影響(シンキングエラー)の四つの言葉で定義しています。反復性については、一回でもいじめになりうるので重視しなくても良いと言っていますが、この中ではアンバランスパワーとシンキングエラーがとても重要です。
 アンバランスパワーは、いじめでは、必ず強い者が加害者、弱い者が被害者であるということです。肉体的だけでなく、精神的、知的、また先輩後輩などの立場の違いなどさまざまなアンバランスパワーの関係があります。アンバランスパワーがあると何が起こるか。被害者は相手が強いのでやり返せないし嫌だとも言えない。仮にやり返すことができればそれは対等なのでけんかです。だから、いじめの被害者に「やり返せばいい」と言うのは全く意味のないアドバイスになります。
 そしてシンキングエラーについてです。被害者は精神的な苦痛を受けるなどいじめの影響を受けます。一方で、不公平なことに加害者はそうはなりません。「これぐらい大したことない」「これぐらいのことは許される」「みんな笑っているからこれは遊びだ。相手は嫌だと言わなかったし」と考えてしまいます。つまり加害者にはシンキングエラーがあって、これぐらいいいと思っています。被害者は嫌だと言えないので、加害者はその行為が許されるものだと勘違いします。そして、遊びのつもりだと勘違いしたままエスカレートすることもあります。いつの間にか加害者になってしまうのです。しかも加害者を指導すると「それぐらいは良いと思っていた」と真面目に言います。だからいじめはだめだと知っているのにやってしまうのです。
 シンキングエラーは「そういう文化的背景があるところで起きやすい」と指摘されています。例えば部活で3年生が1年生を殴るとします。先輩と後輩の間にはアンバランスパワーもありますね。やられる1年生はつらいけど3年生は「指導だからいいのだ」と、やって当然だと思っている。でもこれは明らかにいじめです。定義に当てはまりますね。しかし、この1年生が3年生になったら同じことをやる。つまりシンキングエラーはモデルがいると起こりやすいし、そういう背景で継承されやすいのです。
 このアンバランスパワーとシンキングエラーの二つがそろうといじめは深刻化します。逆にこの二つを崩せば、いじめはコントロール可能になります。

◇アンバランスパワーとシンキングエラーを崩すには

ーーアンバランスパワーとシンキングエラーを崩すためには具体的にどうすればいいのでしょうか。

和久田氏 まずはアンバランスパワーが生じている状況を変えることです。
 被害者が「言い返す」「嫌だよ」と言えるような状況を大人がつくれば、解決できるかもしれません。いじめられている子には「やめて」と言ったあとにはすぐにその場から立ち去るよう伝えたり、いじめがあった時には報告する先生やクラスメートを決めたりすることも大切です。それから加害者のシンキングエラーを正すこと。「君がやっていることで相手はつらい気持ちになっている。これはいじめだよ」と伝えるのです。相手の気持ちに気づくと「ああそうか」と言って直せる可能性があります。
 間違ってもアンバランスパワーがない平等な世界を作ろうという方向はやってはいけません。人間というのは特性があって、得意な人、不得意な人がいますし、できる人できない人がいます。またリーダーがいてグループがまとまりますね。だから力の不均衡をなくすのではなく「力の乱用」をなくす必要があります。野球部の先輩が後輩に対してバッティングの仕方やピッチングを教えるのは良いですが、「菓子買ってこい」はおかしいですよね。この線引きを上手にしないといけません。
 本来、子ども同士の争いというのは子どもに解決させないといけませんし、そうでなくては問題解決のスキルが育ちません。友だちと協力したり助けを求めたりする力を付けるのも大切なことなのです。
 ところがアンバランスパワーとシンキングエラーがそろった途端、子どもはコントロールできない状況に陥ります。ではどうすればいいか。シンキングエラーの典型例ともいえる「からかい(加害者は単なる遊びだと考えている)」や上下関係による力の乱用のケーススタディーを子どもたちと共有し、それらがいじめであると明確に伝え、「このアンバランスパワーとシンキングエラーがそろうと危ないよ」ということを子どもに教えてしまうんです。加害者になりがちな子どもはシンキングエラーを正せます。それから弱い立場になっている子を救うという行動もうまれてくるのです。
 ただ、私は「いじめられている子、いじめている子を取り出す教育は意味がない」ということを強調しておきたいと思います。例えばがんを減らしたい時に、がんになった人を教育しても意味はありません。すべての人にがんになるリスクがあるのなら、すべての人を対象に教育すべきですよね。そうすると全体としてがんが減る。それはいじめにも当てはまることで、加害者、被害者だけでなく傍観者も含めたすべての子どもたち、そして大人もいじめについて正しく理解をして、なくすことを目指していかなければならないと思っています。

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