ソーシャルアクションラボ

2018.08.23

どこにある? 「普通の親」と「モンスターペアレント」との境界線

 いじめに対処しようと必死な保護者が“モンスター”扱いされることがままある。学校に無理難題を言う、怒鳴る、先生や他の保護者とコミュニケーションが取れない親たちを「モンスターペアレント」と呼ぶようになって久しく、「モンペ」なる略称も生まれた。いじめを防ぎたいのはみんな同じなのに、騒いだらモンペと見られるかもしれないと悩む親は多いようだ。どうしたらいいか。【田村彰子】

  • 学校に意見を言うことは「モンスターペアレント」じゃない。
  • 対処は初動が大事。モンペにならず冷静に子どもの状況確認と情報収集を
  • 担任と人間同士の関係を築き、子どもの様子を気軽に聞こう

いじめをなんとかしたいのはどんな親も同じだろうが……

(写真はイメージで本文とは全く関係ありません)

◇身が凍った「うちの子は、他の女の子に悪いことをしました」

 「ちょっといいですか。みなさんにお話したいことがあります」。都内在住の京子さん(仮名、45歳)は、小学2年生の娘の保護者会に参加した。終わりにさしかかった時、担任教師が「何かご質問はございますか」と保護者に問いかけたところ、娘の同級生の女の子の母親が厳しい顔つきで突然立ち上がった。周囲があっけにとられる中、準備していたであろう手紙を開き、読み始める。「うちの子は、他の女の子に悪いことをしました。でも、その子もうちの子に悪いことをしました。うちの子には悪いことはもうさせないので、これで終わりです。ご心配をおかけしてすみません」
 京子さんは突然のことに身が凍るようだった。その母親の言う「他の子」とは間違いなく自分の娘だ。一体どういうことかと担任の先生の顔を見ると、目を丸くしている。「先生とこの母親は全くコミュニケーションがとれていないんだな」とすぐ察しがついた。
 2年生になってから、京子さんの娘とその母親の娘との間でトラブルが起きた。京子さんの娘は蹴られてあざをつくってくることもあったので、担任には何度も相談していた。そのたびに担任は「あちらの親御さんは、なかなか学校にいらっしゃらないので……」と煮え切らない。学校カウンセラーは「母親が全く学校側の話を聞かない」と嘆いた。娘は「ずっとじゃないし、たまのことだから」とかばう。仕方なく「とにかく関わらないように」と、娘に近寄ることを禁じていたところだった。

◇母と子どもの周りから人が離れていった

 「保護者会後、当然保護者の間で大騒ぎになりました。何のことか全く分からない保護者もいたので。あのような手紙を読むことは、担任も全く何も知らされていなかったようです」と京子さんは苦笑いする。
 結局、その母親は「モンスターペアレント」だと評判になった。母親だけではなくその娘の周りからも人が離れていったという。未だに、先生とは全くコミュニケーションはとれていないらしい。
 京子さんは、言葉を選びながら続ける。「娘とその女の子は、元々仲が良かったんです。女の子にも、最初から悪意があったわけではないでしょう。こちらとしては、体に傷ができるようなことは止めてほしかっただけで、ちょっとこじれた人間関係はいずれお互いの力で解決できると考えていました。でも、あちらの母親の大騒ぎで、修復の機会は完全に失われてしまった。親が大騒ぎすると、その場のいじめはなくなるかもしれませんが、友だちがいなくなるといったリスクがあるのだと痛感しました。私は大騒ぎしなくて本当によかったです」

◇日本は“紛争”慣れしていないので突然爆発する

 我が子が標的になるような、いじめにはなんとしてでも戦いたい。親が大騒ぎしなくてはならない場合も当然、あるだろう。しかし、親の目の届かない学校で起きたことで大騒ぎしていいいじめなのかどうか、判断に悩む親は多い。
 「日本は、文化や宗教といった背景がみんな同じことが多いので、いじめだけではなく小さな紛争にも慣れていないことが大きいかもしれません」。そう語るのは、国内外での子育てに詳しいコラムニストの河崎環さんだ。河崎さんが子どもを通わせた“プチ国連状態”のスイスの学校では、親が学校側に何かを要求をすることは当然だった。「学校側に冷静な要求をするために、弁護士を連れて学校に行くことも別に珍しくない。学校も対応に慣れていて、非常に建設的に話を進めます。それに比べると、日本は“紛争”に慣れてないので急に感情的になって、爆発する親が多いかもしれません」
 河崎さんが日本との違いを強く感じたのは、スイスでは「学校も社会の一部」との意識がごく自然に育まれていることだ。「自分の職場だったら、仕事がしやすい環境を整えるための交渉は普通です。でも、日本の学校現場は『子どもの世界だから』とか『教育の場にあまり口を出してはいけない』と特別視され、閉鎖的になりがちです。学校だって、社会のコミュニティーの一つなのだから、先生以外のいろいろな大人が出入りして、意見を言えばいいと思うのです。親が学校と話し合うこと極端に怖がるのは、逆効果ではないでしょうか」と河崎さん。普段から気軽に出入りでき、話せる環境であれば、ある日突然爆発して「モンスター化」することはないのではいか、とみる。

◇いじめられている側が望むのは現実的な解決

 「学校に何か困っていることへの対応をお願いすること=モンスターペアレントではありません」。こう話すのは東京都教育委員会いじめ問題対策委員会委員長で、東京聖栄大教授の有村久春さんだ。「どんな細かいことでも学校や担任教師に聞いてみていい。ただ、いじめを受けている側が望むのは現実的な解決で、まずはそれが優先されると思います。親は感情的に糾弾するモンスターになるのではなく、情報をしっかり集めて客観的な視点を持って対処することが大事です」と有村さんは解説する。
 「いじめかな」と察知した後の親の初動、つまりどれだけ正確にいじめを認知しているかが、その後の問題解決を大きく左右する。いじめを認知した場合、まずは担任に相談したり、手紙を書いたり、教育委員会に直接訴えたり、クラスメートに話しを聞いてみたり方法はさまざまだ。「どれも間違いではありませんが、どの方法が一番自分の子どもにとって良いのかを考えることが重要です。それが、さまざまな選択肢の中から最善の方法を選ぶことにつながります。また、問題を解決するには、最初に訴えた校長などを含む教師や教育委員会の担当者がどれだけ真剣にいじめの事実を理解し、それを的確に認知して対応してくれるかが大きい。そのためにも学校との信頼関係やさまざまな角度からの情報収集が必要なのです」と話す。

◇「モンペ」という言葉が親と学校を分断 

 「1960年代から学校で『生徒指導』に重点が置かれるようになり、その役割も際限なく広がっています。子どものトラブルの原因を探っていくと、家庭環境も関係してくることが多い。教師は家庭環境にまで気を使わなければならない時代になっています」。そう語るのは、「親はモンスターじゃない!――イチャモンはつながるチャンスだ」(学事出版)の著者、大阪大教授の小野田正利さん。モンスターペアレントという言葉が広がる前から「親のいちゃもん」を研究してきた小野田さんは「モンスターペアレントという言葉が親と学校を分断し、遠ざけている」と話す。
 特に若い教師たちのモンペへの恐怖心は強い。小野田さんは、ため息をつきながら例を挙げる。ある母親が、我が子が持ち帰ったプリントが他の子と比べて1枚少ないことに気づき、担任に「プリントが1枚ないようなんですが……」と言った。若い教師の対応はほぼ2パターン。1つ目は「すみません、すみません」とやたら謝る。2つ目は「確かに配ったはずです」と強く反論する。「親からするとただ状況を聞きたかっただけなのに、慣れていない担任はすぐ『モンスターペアレント』を思い浮かべ、『文句を言われる』と身構えてしまう。親も学校から呼び出されたり電話があったりすると、最初からけんか腰になりがちです」(小野田さん)
 小野田さんは冗談のような話を続ける。ある若い教師が、熱を出して下校できなかった子どもの連絡帳に「熱があるので保健室に居ます。迎えに来て下さい」と書き、その連絡帳をなんと熱を出した本人に預けてしまったことがあった。当然伝わらず、親は怒り狂った。
 なぜそんなことをしたのか――。よく聞いてみると、その教師はその親と何度もトラブルになっていた。「親と直接話すのが怖く、電話をしたくなかった」と話したという。親を「モンペ」だと思うことで、また新たなトラブルを引き起こしてしまう。
 そんな状況下で担任の先生から「モンスターが来た」と怖がられずに、学校と関係を結ぶにはどうしたらいいのか。「いきなり校長や副校長に電話するようなことはせず、まずは担任に伝えた方がいい」と小野田さん。その際注意したいのは▽電話の場合には、話したいことを事前にメモしてまとめておく▽連絡帳に書く場合は用件は1つに絞る▽直接会う場合には「聞きたいこと、話したいこと」を事前に決めておく――ことだ。「何を伝えたいのか不安だと、つい言葉がきつくなります。いずれの場合でもきるだけ落ち着くために伝えたい内容を整理することが大事です」と小野田さんは説く。
 日頃から学校行事にもできる限り顔を出し、担任の先生との意思疎通を図ることもいい。小野田さんは「特別に親しくなる必要はありません。ですが、困った時にすぐに先生に話が聞ける関係を築いておいて悪いことはない。親と先生は、子どもを育てていくうえでの大切なパートナーなのです」と話す。
「モンスターペアレント」になることにおびえず、先生と人間同士の付き合いをしていきたい。

<教えて下さい>あなたは、学校や先生とのコミュニケーションで失敗したと思った経験がありますか。あれば教えて下さい。うまくいったことが

あればその成功の秘訣を教えて下さい。

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