ソーシャルアクションラボ

2018.10.04

フランス発、「有効ないじめ対策」の見つけ方

 前回寄稿した記事(https://socialaction.mainichi.jp/cards/1/76)で、フランス国家教育省が主導する「校内ハラスメント(いじめのフランスでの呼び方)」への取り組みを紹介しました。いじめ対策の原則に「風上からの予防」を掲げ、「ハラスメントを誘発しやすい土壌を早い段階で探知・対策する」ことを目指しています。

 その目標を達成するために、何をしたらいのか? 有効な方法を見いだすため、国家教育省はある「実験」を行いました。フィールドワークに3年、結果検証に3年をかけた成果を、2018年6月に公式リリース。高い有効性が見られた方法は早速、各地の教育現場に取り入れられているそうです。その実験の過程はフランスらしく、とても合理的・現実的です。どんな発想ややり方で実験が行われたか、検証報告をまとめた研究者に聞きました。【在仏ライター・髙崎順子、写真も】

「青少年・大衆教育研究所」の社会学者オード・ケリヴェルさん。「校内ハラスメントとの闘いと学校風土の改善のために」と題された実験プログラムの取りまとめ役

◇きっかけは、いじめによる健康被害

 インタビューに答えてくれたのは、国家教育省内の調査研究機関「青少年・大衆教育研究所」の社会学者オード・ケリヴェルさん。30歳までを対象とした青少年向け政策立案で、材料になる情報を収集・調査・検証する部門で、責任者を務めている。ケリヴェルさんは、実験プログラムが生まれた経緯から話を始めた。

 「何はともあれ実態把握をしようと、国家教育省は2011年に『第1回被害アンケート』を行いました。校内暴力専門の社会学者が学術的に行った全国調査で、小学生の5.9%が「かなりひどいハラスメント」、6.7%が「ひどいハラスメント」を受けている、という数字が出たのです」

 この調査で数字と同じくらい重要視されたのが、いじめの影響だった。

 「嘔吐(おうと)、頭痛、うつ、自殺願望など、いじめを受けた児童の深刻な健康被害が明らかになったのです。欠席や集中力の欠如など、学校生活での問題行動も多く報告されました。また被害者・加害者ともいじめに関わった児童はのちに犯罪や薬物使用に手を染めやすくなる、という研究もあった。数字に表れた現実が、この問題に本気で取り組まねばならない、という政治的決断を後押ししたのです」

◇公募案を実験運用、有効性を検証する

 では「本気で取り組む」には、何をすればいいのか。検討する際に政府関係者が着目したのが、「学校風土(School Climate)」の観点だ。

 学校で発生する問題は、安全性や安心度など学校が置かれた総合的な「風土」に大きく影響を受けている。生徒の生活・学習環境を向上するため、その風土の把握と改善を目指すメソッドである。1990年代にアメリカの臨床心理学者ジョナサン・コーエン博士が提唱し、コロンビア大学内に研究所が設けられている(研究所リンク:https://www.schoolclimate.org

 「いじめは校内暴力の一環ですが、暴力が発生する際には必ず、校内の安全性が落ち雰囲気が悪くなる、つまり『学校風土の乱れ』が見られます。つまりいじめを本気で減らしていくには、それの前段階となる学校風土の乱れを改善していくことが必須なのです」 

 そうして作られたのが、「校内ハラスメントとの闘いと学校風土の改善のために」と題された実験プログラムだった。

 「目的は、有効な具体策を見つけること。必然的に、実験と検証をセットにする形が決まりました。『科学的に理解し、適切な方法で前進しよう』という、関係者の意思の表れと言えますね」

 2012年、全国の教育現場から具体的な行動プランを募集。研究者がそれらの実現性を審査し、六つのプランを選出。実験期間は3年間と設定された。各プランには大学や研究所などの学術団体が相方としてつけられ、実験過程と結果を逐一まとめる。それらの報告を国家教育省が吸い上げ、全体報告を作成する。この検証作業にも3年かかった。

 この実験・検証に与えられた予算は200万ユーロ弱(約260億円)。財源は「青少年のための実験基金(FEJ)」が担っている。青少年政策の有効性を高めるため、2009年に創設された基金だ。

 「基金の創設は、当時としてはかなり先進的な事業でした。国家教育省のほか民間企業が資金を供出し、メセナの一人にはエネルギー業界の大手、トータル社も名を連ねています」

◇六つの実験プラン、それぞれの有効性

 選ばれた実験プランは以下の六つ。「誰に」「どんな効果を」「どのように与えるか」の観点で、異なる案が並んだ。

 ①いじめ問題を周知する:六つの小学校、八つの中学校、三つの高校で、いじめ問題の周知活動によってもたらされる効果を検証。周知はヒアリングと教員研修の二つの方法で行う。 

 ②いじめ予防授業:6〜8歳の生徒1325人(小学校1〜3年生、59学級)を対象に、教員と心理学者がコンビを組み、いじめをテーマにした授業を行う。

 ③感情移入授業:6歳(小学1年生)・7歳(小学2年生)の生徒20学級に、「もし君がいじめにあったら」をテーマにした「身体動作で感情移入する授業(演劇、スポーツ、芸術)」を行い「いじめられる側」の心情を理解させる。

          

顔文字を使い、学校内のどの場所で生徒がどう感じているかを示させる教材。学校内の安心度や問題の起こりやすい場所を測ることができる(Violence & Harcèlement a l’école élémentaire>, Aude Kerivel/LERFAS, 2018)。

④いじめ実態調査:7〜8歳の生徒4400人(40校)を対象に、いじめ行為の詳細な実態調査を行い、教員が把握・共有する。同時に「学校風土改善ガイド」を教員に配布し、改善のアクションにつなげる。

⑤非暴力的コミュニケーション研修:教師75人、保護者243人に「非暴力的コミュニケーション研修」を受けてもらい、児童間のいさかいを平和的に改善するスキルを与える。

⑥校内メディエーター:隣人問題や医療問題などの紛争調整役(メディエーター)を、養成機関「フランス・メディエーション」より、115の小学校・40の高校に派遣。生徒に団体生活の重要点やメディエーターの役割を教える。そのほか教師への研修、保護者へのセミナーを行う。

 中でも直接的な効果が顕著だったのは、③の「感情移入授業」。効果が見えにくかったのは⑤の「非暴力コミュニケーション研修」や⑥の「メディエーター派遣」だったが、その分析には注意が必要だ。

 「生徒に直接働きかける対策は即効性があり、効果が見えやすい。ただし、毎年繰り返し行う必要があります。教師陣への研修は即効性が見えにくいですが、一度ノウハウとして定着すれば中長期的な変化が期待できる。メディエーターのような第三者介入策は、その技能を持った人物が学校に常駐することで、真の効果を発揮します。対象によって、有効性が表れるまでにかかる時間が異なるのです。いじめは教員・生徒・家族と関わる人全員の働きかけが必要ですから、この時間と有効性の差が明らかになったのは、大きな成果でした」

 各手法の特徴が、推測ではなく実験結果で検証されたことにも大きな意味があったと、ケリヴェルさんは言う。

 「その中からどの手法を選ぶかは、予算や人材、かけられる時間などのリソースによります。今回の実験結果は、リソースに従って意思決定される際の、材料として使ってもらいたいですね」

◇現場が動くには、国の後押しが必要

 この実験結果は2018年6月に公開され、同時に国家教育大臣へのプレゼンテーションも行われた。結果を受けて国がどう動くかは未知数だが、現場はすでにアクションを起こしているという。

 「教育委員会や校長向けのセミナーで取り上げられた他、私のところにも直接『このメソッドを行うために詳細が欲しい』との問い合わせがきています。特に『感情移入授業』は、県単位で取り入れを決めたところもあるんですよ」 

 現場の反応はうれしいが、やはり国の動きは必要だ、とケリヴェルさんは言い添える。

 「新たなメソッドを取り入れるには担任が研修に行く必要がありますが、そのためには代理教員が必要です。そこを地方の教育委員会や学校がやりくりしていく際、国の後押しがあればよりスムーズに進みます。国レベルではさまざまな優先順位がありますが、現場が動くためにはやはり、強い政治的意思を持って後押しをしてほしいと願います」

 この実験により、フランスのいじめ問題がどう改善されていくのか。日本のヒントとなりうる事例の一つとして、引き続き経過を注視して行きたい。

「感情移入授業」実験の有効性検証報告書からの抜粋。分かりやすくまとめ、共有されている(Violence & Harcèlement a l’école élémentaire>, Aude Kerivel/LERFAS, 2018)。